モデル化の起源はナイル川?(科学の発展の3段階)

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ナイル川は、アフリカ大陸の東北部を流れて地中海へと注ぐ長さ6千キロを超えるアフリカ最大級の河川である。上流のエチオピア高原では雨季と乾季があるが、下流のエジプトは砂漠の熱帯気候であるため季節の変化がない。そのため、エジプトでは、ある日突如として川が氾濫するのであった。ナイル川の氾濫を利用した灌漑農業を行なっていた古代エジプト人にとって、川がいつ氾濫するかを予測することは彼らの生活に直結する重大な関心ごとであった。星の動きが周期性を持っていることに気がついたエジプト人が天体の観測をはじめると、星の動きから川の氾濫を予測できることに気が付いた。

つまり、理屈ははっきりしないが、天体の動きと川の氾濫との間の法則性を見出したのである。

対象の理解はいくつかの段階として定義することができ、ナイル川の氾濫と天体の動きの法則性の理解は「現象論的段階」と呼ばれる。すなわち、ある現象に対して法則性があることを発見し理解する段階である。


ギリシャ時代に入り科学的なものの見方が芽生えてくると、宇宙の成り立ちが神々の手を離れ、学問として議論されるようになった。そして、宇宙を理解するためにさまざまなモデルが考案された。ガリレオが天体の現象を最もうまくモデル化するために地動説を唱えた数年後、ケプラーは楕円軌道説に行き着いた。ケプラーの楕円軌道説は、楕円、焦点、面積速度という概念を惑星運動に持ち込み、それらの関係を定義したものである。そこにどのようなものが存在しているかをはっきりさせ、そしてそれらの構造を描き出す段階は「実体論的段階」と呼ばれる。現象として理解された法則性を生み出す仕組みを描き出す段階である。

この実体論的段階がモデル化であり、対象の法則性を生み出している要素の定義とそれらの構造的な関係が描かれる。

ケプラーの楕円軌道説のさらに数十年後、ニュートンは、物質間に働く力の相互作用から運動を導き出すことができる基本的な法則を解明する。いわゆるニュートン力学であり、ケプラーの描き出した天体の運行モデルが式で表現される法則から導かれることを示した。なぜ天体が楕円軌道を取るのかが解明されたのである。これを「本質論的段階」と呼ぶ。リンゴも天体も同じ法則で記述することができるのである。相互作用から現象を記述する法則は形を持たない方程式で表される。
科学が、現象論的段階、実体論的段階を通して本質論的段階にたどり着くという説は、武谷三男の「三段階論」として知られている。武谷三男は朝永振一郎がノーベル賞をとったときの日本の素粒子論グループの一人であり、素粒子の振る舞いを説明するために「中間子」という、まだ観測されていない概念実体をモデルとして導入することの妥当性の論理的基盤を作った人物である。

武谷が科学の発展を歴史的に研究する中で至った重要な考えの一つが実体論的段階を導入することであり、観測できる現象から本質的な法則に辿り着くためには、中間子という実体論的段階であるモデルを導入する段階を経る必要があるということである。仮説としてモデル化した中間子は理論通り観測され、朝永振一郎らが見いだした法則を裏付けることとなった。

つまり重要なことは、
本質に至るためには実体論的段階としてのモデル化を経ることが必要であるということである。

ホイヘンスがシステムを、それを構成する要素とそれらの関係構造によって記述しなければならないと主張したのは、実体論的段階であるモデル化の必要性のことであった。2つの時計の同期現象の本質は、振動子間の衝撃の交換を通して達成されると仮定される数学的モデルとなる。
生産プロセスにおいても、品質やコスト問題などの様々な現象が現れる。それらの発生理由を本質的に理解するためには、実体論的段階として生産プロセスのモデル化を経る必要がある。PRePモデルはそのための方法である。